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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和33年(う)118号 判決

被告人 河上猛

主文

本件控訴を棄却する。

当審訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(弁護人の)原判決に事実の誤認ありとする論旨について。

しかしながら、原判決挙示の各証拠を綜合すれば、原判示の事実、すなわち「被告人は原判示日時小型貨物自動四輪車を運転し、約四十粁の時速で原判示の場所に差蒐つた際、前方約七、八十米の道路上、左側寄りの地点を、自転車に乗つて同一方向に進行中の上坪一敏(当時九年)の姿を認め、これを追越そうとしたが、此の道路先附近は、黒部市東部中学校入口三又路となつているので、或は上坪少年は中学校の方に右折するかも知れず、また、中学校の方から少年、児童などが道路附近に出て来るかも知れないことも予想し得るところであり、従つて、自動車の運転者たる者は、斯る場合、人や車との接触を避けるため、すべからく前方を注視し、上坪少年の挙動や其の附近の状況に周到な注意を払い、必要に応じて警音機を吹鳴し、附近に所在する人々の注意を喚起すると共に、状況の如何に応じ、何時でも急停車し得るよう、減速徐行すべきであつたにも拘らず、被告人は前方の状況に対して十分な注意を払わず、上坪少年が漸次道路中央寄りに、其の進路を変更しつつ前進しているのを認めながら、其の右側を安全に通過し得るものと軽信し、従前と同一の速度で運転を継続し、上坪少年との距離が数米に接近した際、同少年が右折するような挙動をしたのに気付くや、周章狼狽してハンドルを右に切り、中学校に通ずる道路入口の方向に車を進行させた結果、入口附近に佇立していた二名の児童、飯田恵子及び村本和子に車体の前部を激突させ、これに因つて右両名を死に致したものである。」ことを認定するに十分である。弁護人は「被害者である二名の児童は、手をつなぎ合つて、学校側の通路から、自動車の進路に飛出したため、自動車と接触するに至つたものであつて、致死の結果が発生したのは、不可抗力に因るものである。」旨主張するけれども、司法警察員作成の実況見分調書の記載、当審検証の結果、上坪一敏、大村幸美、中井英治の検察官に対する各供述調書の記載、当審証人尋問調書中証人上坪一敏、同大村幸美、同中井英治の各供述記載等にこれを徴すれば、(一)叙上のように、被告人が減速せずにハンドルを右に切つたため、其の運転する自動四輪車は、県道より右にそれ、中学校に通ずる道路の入口附近を進行し、入口の附近に佇立していた被害者両名に対し、それぞれ車体前部を接触させ、県道と校庭との間の溝渠の中に、これ等の者をいずれも跳ね飛ばし、なお勢除つて田圃の中に、車体を十数米程乗入れて、漸く停止した状況であつたこと、(二)中学校に通ずる道路の入口附近に居た数名の児童等は、突然自動四輪車がその方向に突進して来たのに驚き、且、逃げ場を失い、大村幸美等は稍後方(学校側)寄りに逃れて事なきを得たが、被害者両名は、手を取り合つて、稍前方(県道側)寄りに難を避けようとし、及ばずして遂に車体の前部と接触するに至つたものであつたことを、それぞれ認め得べく、以上の事実に依れば、被害者両名は、所論のように、安全な地帯から自動車の針路に向つて、自ら飛込んで行つたものでは、なかつたことを優に認め得るから、論旨は理由がない。これを要するに原審は、所論のように、審理を尽さず事実を誤認したものでないから、この点に関する論旨は、すべて其の理由なしとして、これを排斥しなければならぬ。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判官 山田義盛 沢田哲夫 辻三雄)

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